2007年10月23日

太宰治の印税のゆくえ

私事になりますが、太宰治の小説を書店に行って、新品
を購入することはしていません。そのかわり、現在では
入手できないような古書を買い集めています。

没後50年を経過しましたので、有名な200以上の小説
は青空文庫に無料で公開されています。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person35.html

太宰の長女(本妻との間に生まれた)が東北の有名な
政治家の妻であることは、よく知られています。どちらか
と言うと、本妻側に都合の悪い資料がインターネットから
消えているように思えます。皆さん、一旦公開したものの、
気兼ねして消していっているのでしょうか?。下記の
ような話題も、本当に有名な話ですが、なかなかネット
で検索できませんでした。まさか、yahooなどに圧力を
加えているとも思えませんが、実際に治子さんの津軽
訪問などの記事も消えてしまいました。けれど、世界中
にはarchiveされている情報がたくさんありますから、
消えたように思っても永遠に残るものなのです・・・。

以下は「ぶらり文学史跡散歩 太宰治の巻」と長篠康一郎氏
の「DAZAI OSAMU鏡太郎ほめぱげ文庫」から引用
させていただきました。(消えないでね)

 これは研究者の間でよく知られていることというが、昭和40年金木町で太宰治文学碑除幕式があり、参列した檀一雄が太田母娘の困窮ぶりを見兼ねて津島美知子さんにせめて「斜陽」の印税の内少しだけでも援助してもらえないかと頼んだが、美知子さんは立腹してその場を立ち去ったと伝えられている。(檀氏は太宰の親友で治子さんが中学2年の桜桃忌の当日テレビの婦人ニュースに檀、母と出演したことがあった)
http://web.archive.org/web/20071023014522/http://homepage3.nifty.com/namm/dazai/dazai_6.htm



昭和51年1月檀一雄の告別式が青山斎場で営まれたが、参列者数百名におよぶ盛大な葬儀であった。その席で『斜陽』の太田靜子さんと、檀一雄の想い出を金木町の太宰治文学碑除幕式の日のことを中心に語り合った。芦野公園に文学碑が建立されたとき、太田母娘の困窮ぶりを見兼ねた檀一雄が、津島美知子にせめて『斜陽』の印税のうち、少しだけでも援助して貰えないかと頼んだ。なぜ津島美知子かというと、太宰治の死後は著作権が美知子に移り、太宰治に関するすべてについて著作権継承者又は代行者の許可がなければ出版も上演も不可能だからである。この太宰治著作権は平成10年12月31日を以て期限切れとなる。檀一雄の要請については研究者のよく知るところであるが、津島美知子は立腹してその場を去ったと伝えられる。昭和四十年の出来事であった。
http://web.archive.org/web/20050907014253/http://kyotaro.web.infoseek.co.jp/index.html


檀一雄さんは、太田静子著『あはれわが歌』の序文
を書いていますが、この小説の原稿にも、かなり手直し
をされて、静子さんに協力されていたのでは無いかと
想像できます。『あはれわが歌』は『斜陽日記』と比べて、
とても読みやすい作品です。『斜陽日記』が静子さんの
代表作(斜陽に関連する資料として有用だとしても)
であるかのように、50年以上も文庫で販売されて
いるのに、『あはれわが歌』が復刻しなかったことが
不思議に思えます。




posted by ピアノ at 11:10| Comment(0) | TrackBack(4) | 太田静子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

太田静子「あわれわが歌」「あはれわが歌」

国立国会図書館での検索結果です。正式な書籍名
の「あはれわが歌」では検索できません。
ご注意ください。


書誌情報 和図書(1/1件目)

請求記号 913.6-O852a
タイトル あわれわが歌
責任表示 太田静子著
出版地 東京
出版者 ジープ社‖ジープシャ
出版年 1950
形態 226p ; 19cm
全国書誌番号 51000025
個人著者標目 太田, 静子 (1913-1982) ‖オオタ,シズコ
NDC(6) 913.6
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000000872603


posted by ピアノ at 17:21| Comment(0) | あはれわが歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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