2009年05月06日

太田静子さんの「詩」

太田静子さんが、素晴らしく生き抜いたことを
証明できる「詩」だと思います。

『母の万年筆』より

新米をおいしいと思ったことも、ここ数年なかったように思う。ところが、思いもかけず、昨年の新米は実においしかった。 一粒一粒を、大切にかみしめて食べたいという気持が、自然に起こるおいしさなのである。年が明けてからも、私は、新米を、小さいソースパンで、二合ずつたいては、ひとりでせっせと食べている。食べながらふと、この新米を、昨年の十一月末、あの世にいった母も食べているのだと思うと、急に胸がつまってくる。
肝臓ガンの疑いで、内科に入院していた母は、外科に移される直前に、外泊許可がでて、家に帰ってきた。その晩、この新米を、やはリソースパンでたいたのだった。

「おいしい、おいしい」

と、母はいった。二、三日前から、ひとりでさしたる感動もなく食べていた新米だったが、その母の言葉で、本当においしいと気がついた。新米と一緒に食卓にだした焼きたてのランプ・ステーキも、われながらびっくりするほどおいしく焼けた。それが、母との最後の晩餐となった。

手術をひかえて
おわかれに 家にかえった
内科さいごの 週末だった
きようのよるの
思いがけない ごちそう
今年のお米
ビーフステーキ
あわび
いか
手づくりの あたたかい
心づくしのごちそう
ありがとう
ありがとう
一生のうちで
一ばん おいしい
ごちそうだった
わすれない


母が、メモ帳に書きのこした詩である。これをよむたびに、涙がでてくる。母はあの時、これがふたりだけの最後の晩餐になると、思っていたのだった。それに私は気がつかなかった。ただ、母がおいしい、おいしいと、食べてくれるのがうれしかつた。



posted by ピアノ at 23:07| Comment(0) | 太田静子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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