2009年05月06日

苦労されていた頃のエピソード

『心映えの記』より

寮母になる前、母は十一年間、倉庫会社の食堂の炊事婦をしていた。その食堂に、ある日、立派な着物を着た女性が入ってきた。母はその顔に、ばんやりと見覚えがあった。母より少し年下の彼女は、小さな女の子の頃、まんもるさまに診察されたことがあった。その昔の女の子が、まんもるさまの娘の母を突然訪ねてきたのだった。
茶碗洗いの手を休めて白いエプロン姿のまま食堂の裏口にでてきた母をみて、その女性はしばらく声もなかったという。ほとんどまとまった言葉もいわずに、とぶようにして帰ったというのだった。
「あれからしばらく、愛知川では、静子さんが炊事婦してなさるのは本当やった。ウソやなかった、という話で持ちきりどした」寮母時代の母に会いにきた愛知川小学校時代の母の同級生がいった。それまでは、娘時代の母を知っているだれもが、母がそのような仕事についているとは信じていなかった。ミニ・スカートをひるがえして愛知川の畦道を自転車で突っ走るモダン・ガールである一方、静子さんにはどこか箸を持ち上げるのも危うそうな、か弱い姫君の感じがあったからだと、寮母の母を前にしてその友だちはいうのだった。



posted by ピアノ at 23:12| Comment(0) | 太田静子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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