2009年05月07日

晩年の太田静子さんの優しさ

きっと、治子さんのことばかり考えていたのだと思い
ます。ピュアな愛情表現ができるような、美しい歳の
取り方をされていますね。

69歳というと、早世のようなイメージを持たれる
人が多いですが、太田静子さんは、十分に人生を
まっとうされたように感じます。

こういうエピソードは、残された者には心に刺さり
ます。治子さんの文章表現もシンプルでいて、
深い味わいがあり、涙が出そうになります。


『母の万年筆』より


病院での母からは、家にいた頃の頑固なおばあさんの面影がすっかり消えていた。ひたすらおとなしい、気弱なおばあさんとなっていた。
或る夏の夕暮れ、病室に入っていくと、母は嬉しそうに瞳を輝かせて、机の上のアルマイトの弁当編のフタをあけた。そこには、小さなスイカの切れ端が入っていた。お向かいのベッドのおばあさんからのお裾わけだという。

「さあ、食べなさい」

といわれて、思わず胸が詰まった。入院前には、大きいスイカの半分位、ひとりでペロリと平らげてしまう母だった。それが、アルマイトの弁当箱にすっぽりと入ってしまう程の小さいスイカを、見舞いにくる私の為に大切に残しておいてくれたのである。
今年の夏は、 ついに家では一度もスイカを食べられなかった。スイカの入ったアルマイトの弁当箱を、嬉しそうに開いた母の顔が、スイカを買おうとすると、どうしても浮かんでくるのだった。
まもなく、母の一周忌がやってくる。十一月二十四日の命日には、固い柿をひとつ、写真の前に供えたいと思っている。



posted by ピアノ at 00:03| Comment(2) | 太田静子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れ様です!いつも拝読してます。
私は、斜陽はもちろんですが、斜陽日記もすてきな文だと思います。
でも、あわれ我が歌はどうしても手にする事ができていません。
太田治子さんの作品では「母の万年筆」と「手記」が好きです。
Posted by メアリ女王 at 2009年05月09日 22:07
メアリ女王さま
いつも、コメントありがとうございます。

斜陽日記は登場人物や出来事がリアルで、
昔の面影を感じさせます。今後、だんだんと、
貴重な作品として認識されるものと思います。

太田静子さんの作品は、この他のものも、世間
離れした雰囲気がそのまま文章に表現されて
いて、読んだ方なら「ああ、本当にお嬢さん
だった」のだと認めてもらえると思います。

貴族では無いですが、明治維新と第二次大戦
の間の時代に、上流階級に近い生活をされて
いたことは確かのようです。
(この期間に医師の社会的地位が急激に上昇
 しています。)

戦後の農地解放で圧倒的に大多数だった下層
階級が中流階級に進む時代に、それとは逆に
大変な苦労をされる境遇になったので、本当
にお気の毒だったと思います。

その境遇を、全面的に受け入れた心意気に
感心するばかりです。ちょっとだけ『フランダース
の犬』のネロ少年に似ていると思いませんか。

Posted by ピアノ at 2009年05月10日 20:24
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