2010年10月22日

太田治子さんと金子みすゞ

以前、このブログで記述したので気になっていたの
ですが、やはり太田治子さんは金子みすゞに傾倒されて
いたようで・・・ちょっと嬉しかったです。神奈川県は
遠いので出席できませんが、いつかは接点を知りたい
と思います。
(どなたか、ご出席されて講演のレビューをして
 いただければ有り難いです。)



作家 太田治子さん金子みすゞを語る

 (財)升水記念市民図書館(八重咲町7-35)で2010年11月7日(日)、文学講演会「金子みすゞとわたし」が開催される。13時30分〜15時。

 講演者は、作家の太田治子さん。講演後にはサイン会や書籍販売も行われる。

 定員100人、中学生以上対象。参加費1500円(中高生1000円)。参加希望者は、電話(火・土12時〜17時のみ)またはファックス、メールで名前、連絡先を明記し申込む。先着順で、参加不可の場合のみ連絡。

 (財)升水記念市民図書館【電話】0463(21)6591【ファクス】0463(21)6594
mailm-toshokan@masumizu-lib.jp



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2009年12月31日

雄山荘についての太田治子さんの思い




雄山荘全焼:名作生んだ旧別荘焼失、惜しむ太宰ファンら /神奈川

12月27日12時0分配信 毎日新聞
 太宰治の小説「斜陽」の原点となった小田原市曽我谷津の旧別荘「雄山荘(ゆうざんそう)」が26日、全焼した。雄山荘を見守ってきた人々は、名作を生んだ舞台の焼失を惜しんだ。【澤晴夫、高橋直純、池田知広】
 ◇小説のヒロインのモデルの娘、作家・太田治子さん「母の青春がいっぱいあった場所…」
 ◇小田原の文学に光と風を送る会代表・田中美代子さん「保存への夢、途絶えた」
 太宰と小説のヒロインのモデルとされる太田静子さんとの娘で、作家の太田治子さん(62)は、雄山荘で生まれた。父母を描いた作品「明るい方へ」を出版したばかりで、「この2年間は随分、すぐそばに足を運んでいた。母にとっては、悲しい思い出があるけれど、青春がいっぱいあった場所」と生家の喪失を惜しんだ。
 治子さんを迎え、来年1月23日に小田原市民会館で講演会を開く「小田原の文学に光と風を送る会」の田中美代子代表(84)は、「雄山荘のことや『斜陽』誕生の話を聞く矢先だった。残念というか、悲しい気持ちでいっぱい」と話した。「(保存に向け)何とかしなければと思っていただけに、長年の夢が途絶えたという気持ち」とも語った。
 同市企画部の時田光章次長は、市広報課に在籍していた十数年前、雄山荘を「小田原古建築の意匠」として後世に残すためのビデオ撮影にかかわった。「『下曽我のお別荘』と呼ばれ、『書院の間』『網代の間』など、遊び心でぜいを尽くした、色気のある建築だった」と振り返った。「小説に出てくる台所のボヤの跡も残っていたし、杉皮ぶきの洋式トイレや、お風呂も凝った造りだった。ものすごく残念」と惜しむ。
 雄山荘の向かいに住む西久保禎彦さん(72)は「庭にあった池で水遊びをした思い出がある。太田静子さんは治子さんが生まれ、世間に気兼ねしているようなところがあったが、明るい人だった」と振り返る。
 近くの主婦(88)は「私が7歳のころに建てられた。(最寄りの)下曽我駅から石を運ぶのに1日がかりだった。農家ばかりの中で、おしゃれな家だった。廊下の壁に中国風の彫り物がしてあったり、いろりがあったり、百人一首が描かれたびょうぶがあったり。富士山や真鶴半島がよく見えてきれいだった。本当にもったない」と話していた。
12月27日朝刊




雄山荘焼失「寂しいけれど、一つの区切り…」 太宰の娘、太田治子さん
2009.12.26 19:02 産経ニュース

 「雄山荘」は昭和初期、東京の印刷会社社長が接客用の別荘として建てた。昭和22年2月に太宰治が数日間滞在。その後、没落する旧華族の姿を描いた名作「斜陽」を書いた。太宰の生誕100年の年に、ゆかりの建物が失われた。

 太宰の娘で作家の太田治子さん(62)によると、太田さんの母で「斜陽」の主人公のモデルとされる静子さん(故人)が戦時中に疎開し26年まで暮らした。太田さんは3歳まで暮らし、「かやぶき屋根の数寄屋造りながら、2階に中国風の間とスペイン風の寝室があり、風流で落ち着いた雰囲気の家でした」と振り返る。

 太宰は愛人だった静子さんに「ここはいいところだ」と繰り返していたという。太田さんは「小説のイメージ通りの舞台を見つけ、太宰は喜んだと思う。母もうれしかったでしょうが、愛人の立場として永続できない悲しみもあったはずです」。

 太宰は静子さんの日記を下敷きに22年6月、「斜陽」を書き上げ、翌23年6月、別の愛人と東京都三鷹市の玉川上水に入水した。

 今年9月、太田さんは雄山荘を舞台に、父母についてつづった著書「明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子」を出版した。「寂しいけれど、家が朽ちていくのを見るのもつらい。これが一つの区切りかなとも思う」と話した。

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2009年09月11日

町田で太田治子さんの講座

東京の町田市、といってもどちらかというと神奈川
に近い感じもしますが・・・。

太田治子さんが、ご両親のことを語ってくれる
講座があるようです。まだ、定員に満たされて
おりませんが、早い者勝ちではないでしょうか?。

本当なら、ぜひ参加させていただきたいの
ですが・・・。こういうの、オンラインセミナー
になれば良いのに、と、いつも思います。


NHK文化センター町田教室:
父太宰治と母太田静子の愛のかたち
(作家 太田治子)
好奇心の、その先へ NHKカルチャー

http://www.nhk-cul.co.jp/nhkcc-webapp/web/WKozaKensaku.do?baseScreen=nhkccTop
http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_518686.html

作家太宰治の生誕100年。娘の太田治子が新著『明るい方へ』を通して問いかけます。『斜陽』は太宰治と太田静子の共同作品であると・・・。

教室名:町田教室
講師名:作家 太田治子
開催日:10/22
曜日・日時:指定木曜 15:30〜17:00
一般:2,940円

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2009年08月25日

明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子

太田 治子さんが2年くらい前から、月刊誌『一冊の本』
に連載していた「明るい方へ」が単行本として
発売されることになりました。

 明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子
 # 出版社: 朝日新聞出版 (2009/9/4)
 # ISBN-10: 4022506342
 # ISBN-13: 978-4022506344
 # 発売日: 2009/9/4
  価格:1,260円(税込)

 http://www012.upp.so-net.ne.jp/haruko/
 http://store.shopping.yahoo.co.jp/7andy/r0444216.html

2009年9月4日の発売です。手元にある『一冊の本』
2009年9月号にも連載されておりますが、こちらで
連載は最終回でした。連載の第一回から最終回までが
この単行本に載っていることになります。

バックナンバーが売り切れだったので最初の号が読めて
いなかった私としては、この単行本の発売は非常に有り
難い。しかも連載の最終回と同時期に、236ページの立派な
装丁の単行本として発売されるとは驚きです。

一冊の本
http://publications.asahi.com/ecs/22.shtml
http://publications.asahi.com/ecs/backnumber/22.shtml

太田治子さんは、実の娘でありながら、たいへん距離を置いて
父・太宰治を見ている・・と、この連載を読んでいると感じ
ます。「太宰の際だつダラシナサ」というと、あまりにも
ネガティブですが、多くの男性が習性として持つ、その場
しのぎの恋愛感情みたいなものがあぶり出されてしまって、
ちょっと太宰が気の毒なくらいです。

しかし、下記の事実を知ると・・・呆れますね。

***************************
 同じ頃、太宰治が田中英光への手紙に、「・・・僕もいま
 死にたいくらいつらくて、(つい深入りした女なども出来、
 どうしたらいいのか途方に暮れたりしていて)」などと
 書いているとは夢にも思わなかった。(一冊の本 2009.8)

 ※ 「同じ頃」とは治子さんを身ごもった後、「しばらく
   電話も手紙もよこさないほうがいいようです。」と
   太宰が静子さんに手紙を送った頃のようです。
***************************


母子、死んでいたかもしれないような過酷な状況でも、
本家には金銭的な援助も受けられず、しかし不死鳥の
ように実の娘が「大先生の肖像」を書き換えている・・・
というと、この作品の値打ちを落としてしまうようで
恐縮ですが、実は胸のすく思いがすることも確かです。

「さあ、誰も助けてはくれない」となり、覚悟を決めて、
治子さんを育てるために働き続けた静子さん。健気で
しかも老齢まで一貫させた人生は本当に美しい。この書籍を
通して、それが知られることを願います。


posted by ピアノ at 10:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 太田治子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

『斜陽』執筆の宿・沼津

ota_shizuko_2009.jpg

posted by ピアノ at 22:59| Comment(2) | 太田治子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月16日

娘が読む太宰文学

日経新聞.jpg


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